大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和32年(く)2号 判決

少年 K(昭和一三・二・七生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は記録中の附添人弁護士O名義の抗告状記載のとおりであるから引用する。

法令違反の主張について

記録を精査すると、原裁判所は昭和三二年三月二六日の審判期日に少年の保護者である姉A子に対し呼出手続を為し同人は右期日に出頭したが係員の手違いのため同人を審判の席に出席せしめることなく審判をなし少年に対し原決定を告知したことが認められ右は少年審判規則第二五条第二項に違背する違法があるといわねばならない。しかし右審判期日前少年の長姉で近隣に住み事実上右A子とともに少年を監督していると認められるB子より審判に関し上申書なる書面が提出されており又右B子A子両名の調査官に対する陳述の要旨も記録に編綴されておりこれらをも考慮の上原決定がなされたことが明らかであり、その他一件記録に徴し後記のごとく本件中等少年院送致決定は相当であると認められるので右の手続上の瑕疵は本決定に影響を及ぼさないものとみるのが相当である。論旨は結局理由がない。

本件処分が著しく不当であるとの主張について

記録から窺われる少年の非行歴、環境、少年の性格、素行、職業、家庭の関係、ことに本件は保護観察中さらに同種の事案を惹起したものであること、その他諸般の事情を綜合し、なかんずく少年の家庭環境に照し、在宅保護を相当としないことが認められることに鑑み原裁判所が少年を中等少年院に送致する旨の決定をしたのは相当であつて、論旨は採用し得ない。

その他記録を精査検討しても原決定には少年法第三二条所定の瑕疵は認められないから少年法第三三条第一項少年審判規則第五〇条により本件抗告はこれを棄却するものとし主文のとおり決定する。

(裁判長判事 谷弓雄 判事 合田得太郎 判事 松永恒雄)

別紙一(附添人弁護士の坑告理由)

一、右少年Kは少年事件に付高松家庭裁判所に於て審理中昭和三十二年三月二十六日審判することとなつていたので、右少年の姉A子、Hは当日午前九時頃から同庁へ出頭し受付へ出頭し保護者の意見開陳したき旨申出ておいた、そして呼出を待つていたが何時までしても呼出がないので同日午後一時頃に右両人は受付でたづねたところ、係員は失念していた旨申述べたが既に其時には同庁に於て右少年を中等少年院に送致する旨の決定をなしていた。

二、右少年の姉A子、Hは右少年の将来につき保護監督をすると共に右少年の姉B子及び其夫Gは右少年を保護監督して漁業に従事させることになつている。

三、右少年は、常には仕事に熱心に従事していたが、ただ飲酒した時に乱暴する癖があつたので、この点を是正更生すれば良好なる人物となり得る可能性があります。

四、然るに、高松家庭裁判所は前記保護者の意見を聴かずして右少年を少年院に送致したるは少年法第二十二条に審判は、懇切を旨として、なごやかに、これを行わなければならない、との法の趣旨に反するものであり、右保護処分は決定に影響を及ぼす法令の違反あり、且右処分は著しい不当であると思いますから抗告の趣旨通右決定の取消を求める次第であります。

立証方法

一、A子、Hの尋問を求める。

昭和三十二年四月四日

右附添人 O

別紙二(原審の保護処分決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収に係るドライバア一個(高松家庭裁判所昭和三二年領第一七号の一)はこれを没取する。

理由

(非行事実)

少年はC(当時満二十年)、D(当時満十八年)と共謀の上、昭和三十二年二月十九日午後十一時頃、坂出市坂出町浮世小路たまりや特殊飲食店北側路上において、飲食代金のことで河野政数(当時満二十四年)と口論の未、矢庭に少年において、かねてから所持していたドライバアをもつて右河野の頭部を一回殴打し、前記C、Dにおいてそれぞれ有り合せの薪をもつて、右河野の頭部、左肩及び背中をそれぞれ二、三回宛殴打し、よつて同人に対し治療十日間を要する頭部挫創、兼左肩左背部挫傷を負わしめたものである。

(法律の適用)

判示傷害の所為は刑法第二百四条第六十条に該当する。

(問題点)

一、家庭=少年は両親に死別し、実姉二人と実兄の四名暮しであり、少年の保護には別居している長兄が当つており、その生活は貧困で、所謂欠損家庭であり、少年の家庭、特に少年は長兄に対しては親しみも持たず、又長兄の態度、少年の家庭の経済状態、兄姉の性行、住居地の環境、交友関係はいずれも悪い。従つて、その保護能力は充分でなく、在宅保護は期待できないこと。

二、少年の性格=少年の素質的負因である感情爆発性、意志興奮性、粘着性、自我の未分化及び弾力性の欠乏、被影響性の強さ等がアルコールによつて促進され、些細な動機によつて前後の見境なき原始的爆発反応を示す傾向にあり、アルコールの影響を受け易く、その場合人格面の負因の促進が最も問題であり、且つ内閉的で多少陰険な点の見られること。

三、その他=悪交友の禁止及び少年の飲酒を禁止することが最も必要であるが、保護観察による在宅保護をもつてしては少年の禁酒は(イ)少年の精神生活の貧困さ、(ロ)家庭、地域社会の文化的水準の低さ、(ハ)不良友人との交友等の外的条件、(ニ)少年自身の積極的な飲酒えの指向等によつて永続しがたく、少年は既に同種非行を三度繰りかえしており、その態様はそれぞれ悪質であつて、現状のままでは再非行の危険性を多分に有している点に徴し、保護観察処分をもつてしては少年の更生は到底期待できないこと。

(結論)

以上の事実に当裁判所が調査した諸般の事実並びに当審判廷における少年の供述、及びB子の昭和三十二年三月二十五日付書面等(昭和三十二年三月十五日付A子の家庭裁判所調査官佐々木芳文に対する供述書を含む)をも併せ考えると、少年の家庭の保護能力は充分でなく、在宅保護は困難であり保護観察をもつてしては保護更生できないこと、及び収容教育による悪い交友関係の絶滅、厳粛な反省の機会を与え、禁酒えの確固たる意志を養成することが是非必要であると認められ、少年の保護には収容教育による強力な専問的性格矯正、(禁酒治療を含む)、環境調整及び職業補導が是非必要であると認める。

よつて、押収に係るドライバア一個(高松家庭裁判所昭和三二年領第一七号の一)は本件非行に供したものであつて少年以外の者に属しないことが明らかであるから少年法第二十四条の二第一項第二号、第二項本文によりこれを没取するを相当と認め、少年法第二十四条第一項第三号少年審判規則第三十七条第一項後段少年院法第二条第三項により、主文のとおり決定する。(昭和三十二年三月二十六日 高松家庭裁判所 裁判官 弓削孟)

別紙三(高松家裁弓削裁判官の意見書)

第一実体審理について

決定書記載のとおりであつて、抗告の申立は理由なきものと認める。

第二手続違背の主張について

(1) 少年には保護者たる父母がなく、兄姉が父母に代り保護者となつており、実質上の保護者は実姉B子、同居中の形式上の保護者はA子であるところ、昭和三二年二月二八日高松家庭裁判所丸亀支部は本件少年の保護事件送致を身柄付にて受理し、同日同庁において観護措置決定がなされ、本庁支部の事務分配により即日高松家庭裁判所本庁に回付され、当裁判所において同年三月一二日観護措置更新決定をなし、調査の上、同年三月一九日審判開始決定をなし、同年三月二六日午後一〇時の審判期日を指定し、少年審判規則第二五条第二項により上記A子に対し、同年三月一九日午後五時審判期日の呼出状を普通郵便に付して発送したものである。

(2) ところで、同年三月二六日午前一〇時、当裁判所審判廷に臨んだところ調査官、書記官、少年のみ在席し、保護者欠席につき保護者の欠席事由を質した。この時係書記官より本日保護者B子出席予定のところ同人の子供がはしかにかかつた為欠席する旨及び保護者の意見を記載した昭和三二年三月二五日付申立書と称する書面が提出されている旨陳べた。

よつて、当裁判所は審判期日を開き、審理して、保護者の意見については前記B子の申立書と称する書面、当庁調査官作成に係るA子の供述調書を綜合し、その他法律に従い審判を進め、決定書のとおり少年に対し中等少年院送致の決定を言渡し少年審判規則第三五条により少年に対し、保護処分の趣旨並びに抗告の申立につき懇切に説明した。

(3) しかるところ、右決定言渡後、前記A子及び少年の実姉Hが出頭している旨係書記官より連絡があつたので、直に右両名を審判廷に出席させ(この時少年は在席しない)、係書記官調査官出席の上当裁判所は本件調書記載のとおり人定尋問して前記AH両名の意見を聞き、右両名の意見は前記B子と同旨であることを確めた上、少年審判規則第三五条により、右両名に対し既に少年に対し中等少年院送致の決定を言い渡した旨及び保護処分の趣旨並びに抗告の申立につき態切に説明して、これを充分理解させたものである。

(4) 保護者が出頭していたに拘らず、当裁判所に連絡のなかつた事情につき当裁判所が事後調査したところ次の事実が判明した。

(イ) 当審判期日たる同年三月二六日午前一〇時前に前記A子、H両名は高松家庭裁判所に出頭し、受付にA子宛呼出状並びに前記申立書を提出した。その際、受付係員が不在で、他の訟廷係員がこれを受領し、本件係書記官不在の為同人の机の上に前記申立書(B子名儀のもの)を上に右呼出状を下にして置いて、右訟廷係員は自分の立会事件に出席した。本件係書記官は右申立書を一読の上、右呼出状は申立の趣旨より返送されたものと解し、右申立書を持つて一件記録を用意して審判廷に出席し、前記の如く係裁判官に陳述したものである。

(ロ) 従つて、当裁判所が、その事実を知ると知らざとに拘らず実質上の保護者の意見を記した上申書等のみを審理の対象とし、呼出状を持つて出頭した保護者を保護処分決定前に審判廷に出席させてその意見を述べる機会を与えなかつたことは当裁判所として、手続上違法な手続上の瑕疵があつたものと思料します。しかし、仮りに「審判期日に少年の保護者を呼び出さないで審判を行い保護処分決定をしたとしても、その違法はいわゆる絶対的抗告理由をなすものではないと解するのが相当であり、一件記録その他の資料に徴し、保護処分の決定が相当であると認められる場合には、右違法は決定に影響を及ぼすものではない」(名古屋高等裁判所第四刑事部昭和三一年(く)二号、同三一年四月三〇日決定、高等刑裁特報三巻九号四五三頁参照)と思料されますところ、本件にあつては一応審判期日に保護者に呼出状を発送し、それに基いて少年の実質上の保護者たる一番上の姉より、少年の処遇意見書が提出されており、該書面等によつて審理がなされたものであるから、上記違法は決定の主文に影響を及ぼさないものであると思料致します。

(5) 以上のとおりでありますので、本件抗告の申立は少年法第三二条の本旨に徴し、理由がないものと思料致します。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例